なぜ大学は論文の書き方を教えてくれないのか

~あなたはどんな論文指導をされましたか?~

 

突然ですがあなたはどんな論文指導をされてきましたか?

私の経験では、しっかりアカデミック・ライティング(academic writing つまり学術文章の執筆のことです)の基礎から教えてもらっている学生はほとんどいません。また、欧米の学生はアカデミック・ライティングの基礎を学部時代に教わっているといいますが、修士から日本に来ている米国出身の留学生を教えた経験からいう限り、たとえ教わっていても自分で論文の構造を分析して執筆するには相応の訓練が必要なようです。

さて、「なぜ大学は論文の書き方をおしえてくれないのか」についてですが、次の要因が考えられます。

1.先生も教わっていないので指導できない
2.指導法や理論が確立されていない
3.論文を書きなれていない実務家教員が多くなっている

1.先生も教わっていないので指導できない

現在もそうですが、実はアカデミック・ライティングについて深く知識を習得しているという先生はあまり多くありません。分野にもよりますが、だいたいは学生が書いてきた文章のつながりや句読点に関して細かく赤を入れるという方法や、良い論文の真似をして書き方を覚えたという方が多いのではないでしょうか(しっかりアカデミック・ライティングについて学んだ先生に教えられたという方は、運のよい方だといえるでしょう)。

私自身も丁寧で力のこもった直しをもらったことがあります。それ自体でも大変勉強になり、かつての自分の執筆力のなさに気づかされましたが、でもこれをどうやったら良い文章にすることができるのかについては、頭を抱えて悩むしかありませんでした。まわりの学生も、先生も、文章は頭を抱えて書くものだと考えているようでした。たしかに、現在も頭を抱えて努力しないと良い文章は書けないのですが、論文にはある程度規則性があります。個人的な経験から言えば、この規則性を教わることで、論文は今の何倍も書きやすくなるのですが、それを知らなかったために、私の場合は遠回りをしていたような気がします。

一概には言えませんが、赤を入れて数回やりとりをして論文をつくっていくという文化の中で育ってきた方が先生の中にも多いので、アカデミック・ライティングを先生が教えられないという現状があると言えます。

この赤を入れて数回やりとりをして…という文化は、そもそも良心的な教員が前提になる文化ですので、よい先生に巡り合えなかった場合などさまざまな弊害があるのですが、この話はまた今度にしましょう。

2.指導法や理論が確立されていない

日本では、1980年代に学生の読解力や執筆力の欠如が認識され、それから2000年代に入って文章表現が教養科目の一部として位置付けられるようになるなど、年々アカデミック・ライティングへの関心が高まりつつあります(参考 井下 2008)。最近でも、早稲田大学や広島大学など、さまざまな大学でアカデミック・ライティングについて相談ができるライティングセンターが設置されはじめており、アカデミック・ライティングを体系的に教えようという試みが始まりました。

しかし、IMRADや一文一義など、ある程度まとまった知識はあっても、アカデミック・ライティングの理論や教授法に関しては、まだまだこれからという状態にあります。特に日本では、ライティングセンターの試みもまだ始まったばかりで、アカデミック・ライティングについて教えている大学もまだまだ少ないです。そのため現状では、アカデミック・ライティングについて学ぶ機会が乏しい学生が多い状態になっています。

3.論文を書きなれていない実務家教員が多くなっている

実は、大学で教えているとはいえ論文を一本も書いたことがなかったり、あまり書きなれていない先生がいます。そのような方が、学位論文を指導をする立場になることはあまりありませんが、課題で出されるレポートを通してアカデミック・ライティングの知識を教えるなどもできなくなっています。役割が違うといえばそれまでなのですが、授業課題は、特に学部生にとって、論理的な文章を書く貴重な機会です。そのため、レポートで練習をしておかないと、今後も論理だった文章を書けるようになることは難しいように思います。なんとなくレポートを書いていても、どうすれば論理的にわかりやすい文章が書けるのかは、知識として身についていきません。結局大学では、論文や論理だった文章の書き方について、あまり教えていないという状態にあるのです。

教員に時間がないことも問題ですが、現在の大学ではあまり論文の書き方について教えていないようです。もし「私はしっかり教えられた」という方がいれば、その幸運を少しでも多くの方に分けられるよう、ぜひいっしょに考えていきましょう!

参考文献

井下千以子『大学における書く力考える力――認知心理学の知見をもとに』 東信堂、2008

※この記事では、今後も人文科学、社会科学、自然科学といった分野に特定せず、アカデミック・ライティング(学術文章)の書き方や出版に対する考えについて、有用な情報を発信していきます