博士論文を本にする3つの方法~そのメリット・デメリット~

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博士論文を本にするにはどうするの?

博士論文を無事提出し、博士号を得た後で問題になるのが「博士論文ってどうやって出版するの?」ということです。2013年(平成25年)から、インターネット上で博士論文を全文掲載することが義務化されていますが、しかし、果たして無料で公開してもよいものでしょうか。

私たちは、3年以上大学に学費を支払いながら博士論文を書くのが一般的です。学振やその他の奨学金、授業料免除を受ける方もいますが、それでも研究のためにいくらかは出費しています。そうして苦労して書いた博士論文を無料で公開するのは、もはや3年以上ボランティア活動に身を捧げてきたようなものではないでしょうか。確かに、埋もれてしまうよりはよいでしょう。しかし、それが一番良い方法であるとは、誰も思っていないはずです。

ここで、博士論文の出版の方法についてかんたんにまとめてみましょう。ついでにそのメリットとデメリットを見ていきます。

1.各大学リポジトリで無料公開

2.日本学術振興会の助成金や学会助成金を得て出版

3.完全な自費出版


●各博論出版方法のメリット・デメリット

 

1.各大学リポジトリで無料公開のメリット・デメリット

各大学リポジトリでの無料公開については、上でも触れましたが埋もれてしまうよりはましだという考えがあるかもしれません。また、確率としては低いですが、公表することで出版社の目に留まるということも可能性としてはあるでしょう。しかし、それは残念ながら「おもしろさがわかりやすい」論文だけです。新しい論文というのは、そもそも誰もが知らないから新しいわけですが、その誰もが知らない知識のおもしろさを伝えるのは、同じ研究者でなければなかなか難しいかもしれません。

無料公開のデメリットは、まさに「やりがいの搾取」がそこで行われるということです。就職のポストが豊富にあれば問題もそれほどないかもしれませんが、現状ポストがそれほど多くない中で無料公開をするのは、たいして出版した実感もなく、国立図書館だけで読まれる、今後誰の目にも留まらないかもしれない文章を書いたのとあまり変わらない状態になってしまいます。「なんのために研究したの?」と自問自答する姿は、自分のも他人のも痛ましいものです。日本の研究者出版は、少しでもこのような研究者の姿をなくし、社会の発展に貢献するために、研究者たちがその論文のおもしろさを見つけ、社会に広げようという試みを行います。

 

2.日本学術振興会の助成金や学会助成金を得て出版するメリットとデメリット

代表的な博士論文の出版方法といえば、助成金を受けて本にするという方法かもしれません。しかし、案外知られていないのが、助成金を受けた場合、印税を得ることができない場合が多いということです。日本学術振興会の助成金を受け取ると、印税はまったく受け取ることができません。また、その他の助成金でも、いつ在庫がなくなるかわからない博士論文の初版は印税がでないという出版社が多くあります。この状態において、「出版してくれるだけありがたいと思わなきゃ」と著者は思うでしょう。確かに、現状ではこれだけでメリットかもしれません。しかし、本当にそれでいいんでしょうか? 事実上、著者にとっては無料公開と変わらないのではないでしょうか。さらに、ここには次のような問題もあります。

 

1)出版社がみつからない

現在、博士論文を進んで出版しようという出版社は、学術出版社を含め多くありません。より売れやすい入門編や新書、翻訳書に力をいれているようです。そのため、博士論文を本にしてくれる出版社を見つけることは容易ではありません。だいたいはコネをつかって見つけることになるかもしれませんが(それでもほとんど印税のない無料出版です)、それでも大変であることは変わらないでしょう。

 

2)出版するまで時間がかかる

また、出版するには、助成金の申請書を書いて、結果が出て、改定して…という手続きをだいたい踏むのですが、この過程を経るのに数年かかることがあります。アカポスにすぐ付けた場合はまだマシかもしれませんが、生活費に追われる場合は、とてもこの時間を確保する余裕がなくなってしまうものです。それよりは、早く出版して、収益化できる可能性を見つけたほうがよいかもしれません。

 

3)助成金をもらってもいくらかは持ち出し、または買い取りがある

これも案外知られていないことかもしれません。だいたい紙媒体の出版費用には、100万円程度かかります。つまり、たとえば50万円の学会助成金をもらったとしても、残りの50万円を自腹で払わなければならないのです。また、出版費用の持ち出しはなくても、何冊かは買い取るという体裁で実質自腹を切るというところもあります。

 

3.完全な自費出版のメリット・デメリット

ここで「完全な自費出版」としたのは、助成金を受けた場合でも自腹を切る場合があるためです。この完全な自費出版のメリットは、印税を受け取れるということです(それでも初版は印税が出ない、あるいは微々たるものということがあります)。一方で、デメリットは出版社の審査を経たという権威を受け取れないところにあると考えられています。しかし、本当にそうでしょうか。そもそも、出版社が博士論文の指導教官以上に論文の価値を評価できるかには疑問があります。また、その審査基準は実質上コネで決まったりすることも少なくないので不明確です(もちろん、すべてがコネではありません)。案外名の知れた学術出版社でも、お金を出せば出版してくれるところもあります。このようなことをひとつひとつ考えていくと、結局出版社に100万円近いお金を払って自費出版するメリットは、ほとんどなくなってしまいます。そもそも、文学の新人賞とは違いますので、出版社の審査が博士論文の審査よりも上に来ているような考え方自体が、誤っているのではないかとすら思えてきます。むしろ、日本の研究者出版の見方からすれば、現状の出版社は、売れるようにする努力を怠っているのではないかとさえ思えてしまいます。

 

日本の研究者出版は、現状でこそ編集費や相談料をとっていますが、限りなく研究者のためを思って事業を開始しました。そのため、印税は他社が出せないような比率になっています。上にも書きましたが、新しい知識であればあるほど、私たちは読者を教育しなければなりません。そのおもしろさを伝える努力を、論文の質を落とすことなく、行わなければなりません。研究者たちが運営する日本の研究者出版だからこそ、それが可能なのです。

 

参考文献

文部科学省「学位規則の一部を改正する省令の施行について」(2013)

 

※この記事では、今後も人文科学、社会科学、自然科学といった分野に特定せず、アカデミック・ライティング(学術文章)の書き方や博士論文の出版について、有用な情報を発信していきます。

 

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